▼ 第4夜 「片目の少年」



伯母達の話と聞いたカイリは「嫌な予感」しかせず、
サユリにはパーティーでレンリア軍人などがいないかなども踏まえその場に待機させておいた。
・・・というのも、あまりにもサユリの緊張ぶりと敬語のぎこちなさに、
どこまでフォローできるか不安になってきたためといのが一番の理由なのだが。
もう1つの理由は、こういう場などは結構良い食事が用意されている。
伯母達と再会したときもサユリはチラチラそちらをみていたので置いてきたのだ。

「あ、そういえばカイリちゃん!」

パーティー会場から離れた廊下、先行にいた伯母がなにか思い出したかのように声を張り上げた。
そこまで声量は小さくないのだが、先程まで会場の賑わいでなれた耳はその声がとても小さく聞こえた。
できるだけ視線をあわせようとしないカイリは、横髪を片手でいじりながら耳だけを傾ける。

「カイリちゃんの婚約者、シーザス=アレウス君がこの会場にいらっしゃるらしいの。
せっかくだし・・・今から会って見たらいかがかしら?」

「それ、伯母様達が勝手に決めた婚約でしょ!ってかアレウス様も御呼びしたの!?」

ありえない・・・という心情で、勝手な伯母の言動に言い方は少し荒かった。
婚約破棄しようにも相手との会見が一度もなく、もしも今から会うとしても初対面にはすぎない。
しかもアレウスとは最近名をあげてきた貴族の家系なため、
どんな家系でどんな血縁者達がいるかさえもカイリには情報としてない。
そんなカイリの心情におかまいなく、伯母や伯父はニコニコと笑顔を絶やさない

「おや、シーザスは良い奴だぞ?
アレウス家初の科学者であり、あのエルファーなどを作った本人なんだぞ!
それにアレウス家は経済的、身分的にもカイリとは似合う」

確かに貴族でありながらその才能を開花させたのは凄いとカイリも思った。
エルファーや通信機等の、魔脈を用いた技法はとても斬新ではあったが、結果的にはここまで発展をしている。
今では魔力無しの生活は考えられない程、現代は魔力にばかり頼っているのも現状。
伯父は誇らしげにその婚約者であり、いずれは婿入りするシーザスについて語っている。

「しかし、それとこれとは別のお話です。
私は現在軍事施設にいる身ですし、結婚なんてまだ考えられません」

問答無用にそれに水を指してそう伝える。
伯母や伯父はともかく、他の貴族はカイリが軍人だなんて知らない。
ウォルトの処遇はウォルトのみ共有というルールがあり、もちろんカイリの処遇も家族以外知らない。
現在メルリウム軍事施設に身を置いているカイリだからなのか、まだそういった和やかな家族の未来図が想像できないのだ。
もしも軍人ということも受け入れたとしても、どこからその情報がもれるかなんて知らない

「まぁ・・!カイリちゃん、貴方もう21歳なのよ?
ウォルト家の当主である貴方はもう身を固める時期・・・
いつか妻となる身なのに軍事なんて、体に傷が残ったらどうするの!?」

あぁ・・・やっぱり駄目ね。
毎回結婚の話でカイリが反対の意見をすればこういわれる。
ウォルト家の当主であるに違いはないが、こういわれるのはあまり好かない。
怪訝そうなカイリの表情を前にしても伯母達は一向に引かない

「それにシーザスはカイリをとても好みだと言っておる。
相手からの好意を無駄にするのは尊敬しないな」

(私の意見を聞かない貴方達には言われたくないんだけどね・・・)

思考はもう反論の言葉しか思い浮かばない。
自分の兄もこんなことばかり言われていたから軍事入会をしたのだろうか?
もうこの世にいない兄の事を思いながら、無意味な説教をただ黙々と聞いている

「あんな薄汚い場所なんて、豪族のウォルトの人間がいるべき場所じゃないの」

反論の思考はそこでピタッと綺麗に止まった。
静かな廊下が更に静けさを増し、そこには本当に何もないような気さえもした

「ロンもロンよ・・・勝手に軍人なんて初めて、結局はウォルトを捨てたまま戦死。
あの子はね〜出来がよくても、やっぱりサナエとジンの子。
あの二人みたいにいつも勝手に決めて、結局は権力放棄をしたりして・・・・
軍事施設なんてただの負け犬の巣でしかないわ」

「・・・・・・・・勝手なこと言わないで」

この伯母の発言には堪忍袋が保てなかったのか、視線を外し続けていたカイリが伯母と視線を交わす。
しかしその緑の瞳は強くつり上がり、任務の時に敵対する人に向けていた視線のように・・・
いつもは言葉で反論をしていても、表情は常に無表情でしかなかったカイリのため、
そんなカイリの冷めた表情を知らない伯母は驚きを隠せなかった。

「別に今は私の問題だから私に対して文句などを言っても構いません。
しかし、家族や友人達の罵倒は私は許しません。
ロン兄様だってこんなになにかしら言われればウォルトにも呆れがつきましょう。
私のお兄様は意味が無くて放り出す様な無責任な方ではございません・・・・」

なにかしらウォルト、ウォルトという伯母達ではあるが伯母達は直接血を受け継いでいない嫁いだ人達なのだ。
そんな人達に家族を愚弄されるのは、カイリ的には耐えがたい。
「ウォルトの血を受け継いでいないくせに」という思いを胸に抱えながら声を荒がっていく

「それに、今の私を支えてくださっているのは貴方達ウォルトじゃない!
お母様のように優しく愛情を注ぐような事もせず、お父様のように厳しいだけじゃなくそこに思いやりがあることも、
ロン兄様のように私をちゃんと見てくれるようなこともせず。
施設管理長のグラン隊長のように私を認めてくれる事もせず、友人のサユリのように階級関係無く接する事もなく。
貴方達はただ・・・私の背後の盾しか見ていません」

ドレスのスカートに拳を握りしめ、目元が熱くなるのも感じながら1つ1つ伝える。
本当に思い返せば、自分を自分として見てくれる人はほんのわずか。
ただ盾頼りになって、その盾を守ろうとしている伯父と伯母はそれを唖然と聞いている。
少し泣きそうにもなっているカイリだが、プライド的にも今は泣いては駄目と理性で押し止める

そして留めをさすように凛と呟く

「私はアレウス様と結婚も婚約も、ましてや友人としても関係を持ちたくないことは事実です。
お母様やお父様の決定事項でしたら迷いますが、貴方達の決定事項でしたら迷いはありません・・・・
私は今からアレウス様に会いに行きますが、婚約破棄の交渉をしにいきます」

「ま、待ちなさい!!!」という伯母の声を無視して、さっきまで歩いていた方向とは逆のパーティー会場へと向かう。
どういう人間かはわからないのだが、とりあえず謝ろう。
謝ってすむ問題ではないのだが、当主だからこそ真剣に悩み断る事は断らねばならない。
スカートをあげながら走りやすいようにし、しかし髪などが荒ぶらない程度に。

もしもちゃんと伝え切れて話の通じる相手ならば、勝手な婚約破棄も許してくれるだろう・・・
そうでもしなければ、今までお世話になったメルリウム軍事施設に申し訳が立たない。
今この時期に嫁入りなどし、軍事施設を抜ければ情報分析管理実行部隊はどうなることやら。
カイリのいる部隊はこういう時に一番重要である。


そんなことを考えながら走り、廊下を出て会場につくのだがある事に気付く


(アレウス様どこおおおおおお!!!!!???)

ってか顔しらな!とかと思いつつ、今更どう探そうと悩み始める。

先程までの空気はどこへいったのかやら・・・・

婚約とはいってもその時はカイリは出席しておらず、勝手に事を進めてしまい呆れて家出をした・・・
せっかく今回来ているというのに、今会わなかったらまたいつ会えるか・・・
これで会わなくて、そのまま結婚の話が持ち上がっても困るのだ。
いやむしろ、先程伯父や伯母に意を証明してしまったから早く結婚の話をという可能性も・・・

(最悪だ・・本当に最悪だ・・・・)

己の無計画さに段々青ざめていき、なんとか立っているのがやっとの精神状態。
コツっという乾いた音は広い会場内ではあまりにも小さく、もちろんカイリにも気付けず、
焦りからなのか、はたまた自分に対しての呆れか「はぁー・・」とまだタメ息をもらしている。

「おや?そこにいるのは、もしかしてカイリ様ですか?」

男性独特の低音が聞こえるとビクッと肩を震わせながらも、ゆっくり背後から聞こえた方を見やる。
通常、こういう場でカイリのファーストネームを言うのは極僅かなため、
まさか今自分のファーストネームを呼ばれるとは到底思ってもいなかったのだ。

そして、その低音はカイリには聞き覚えのないものであった・・・・

「始めまして、シーザス=アレウスと申します」

金髪で眼鏡をかけている青年シーザスは、優しげな音色を口にし握手をしようと手を出した。
風貌は知的な紳士で、とっても優しそうな感じではあった。
しかしどんなに優しい外見でもいきなりすぎて絶句。
目をパチクリさせれば、おかしかったのかシーザスは目を細める

「そんなに驚かないでください」

(いや驚くから!)

シーザス本人という事もあり、更に緊張の糸は細さを増して行く。
そんなカイリはおいて、会場は金楽器の明るい音色に包まれ盛り上がりつつある。
バックミュージックに当たるオーケストラのシンバルが、大きく金属の音を会場に鳴り響かすと
共に気を取り直してカイリは再度目を合わす。
まだ先程と同じように目を細めたまま、カイリを眺めている

「シーザス=アレウス様・・・ですね。
ご存じかも知れませんが、私はカイリ=ウォルトです。
・・・・今回はアレウス様にお話ししたく会いに来ました」

身を固めながら驚いた表情を抑え、警戒を表向きに出すが尚もシーザスは優しい笑みを崩さないでいる。
それが逆に怖くもあったが、目をそらしては駄目だとプライドが許さない。

「そんなに固くならないでください。いずれは夫婦になるのですから・・・」

当たり前のように淡々と、しかも恥ずかしげなんて微塵もなくそう述べるシーザスはどこか上機嫌で、
「それに水をさすんだけどな〜・・・」と無心なまま冷静にカイリは思っていた

「いや、そのことで・・・」

「バルコニーで夜風に当たりながら話しませんか?」

シーザスはそれだけ言うと足早にバルコニーへと向かい、賛否もできずカイリはそれについていくしかできなかった。
「どうやって断ろう」という考えしかグルグル回らず、きっとシーザスの話す言葉も右から左へ流れるのだろうな・・・

バルコニーの柵に背をもたれながら待つシーザスから距離を置き、距離を置いても目の前に立つ位置で止まった

「私も随分警戒されたものだね・・・」

さすがに呆れてしまったのか、ふぅーと息を抜いている。
初対面に対して警戒を持たない方がおかしいような気もするが・・・・という言葉はさすがにださなかった

「んで、カイリ様。貴方様のお話とはいかがなもので?」

夜風に吹かれる木々は怪しくザワザワと鳴り響き、会場のざわつきさえ聞こえなくなるほどこの空気は強張った。
シーザスの少しくすんだ金髪の髪も、糸のようになびかされ妖しく月に照らされる。
それでも言わなければならない事があった為、カイリは一度深呼吸で落ち着きリンとした声でハッキリと告げた。

「私、カイリ=ウォルトは、シーザス=アレウスとの婚約をこの時点で放棄、及び破棄をしたいです」


ザワッ・・・・・


風は更に強みを増し、カイリの髪は風に遊ばれている。
軽く髪を抑えながらも、驚いた表情で止まっているシーザスからは視線を離さずにいる

「・・・・破棄?・・・っていいましたか?」

信じられないとでも言いたげなその声音に静かに頷く。
ハッキリとしたその頷きが気にくわなかったのか、シーザスはカイリにも聞こえるほどの舌打ちをする。
それが信じられず「え・・?」という同時に腕を強く引っ張られ、痛みに顔を歪める隙に壁へと強く押しつけられた。
意外にも強く肩に力を入れられて、カイリは身動きができない状態。
あっという間の出来事で、いきなり視界がシーザスの顔いっぱいになったため思考が現状把握に遅れている。
今回風が冷たかったのも有、すぐに我にかえれば、あと数センチの所にシーザスの顔があった。

「・・・っ!?」

「エルファーを作り、通信機も発明した功績を持つ私の申請を断るのですか?
貴方様が帰って来るまでずっと待っていましたのに、その期待も裏切って貴方は私を即刻に切り捨てるのですか?」

シーザスの声音は冷たく無表情のまま。
驚いているカイリなど眼中になく、ただ同じトーンで言葉を並べていく。

「合意したのでしょう?なのに今更破棄とは・・・どういった考えで?」

「・・・・合意をしたのは伯母と伯父であり、私はそこに出席もしていなければ、
合意の意見など真っ当に持っておりませんでした」

ハッキリとそう告げるけれど動じず、シーザスはカイリから目を離さない。
いや、動けないのだ。まるで蛇に睨まれた蛙状態のように。
シーザスは馬鹿にしたかのように鼻で笑えば、更にカイリの肩に力を入れていく

「貴方自身の意見など聞いていないのですよ?
「ウォルトの意見」を私は行使したいと申しているのです」

先程までは知的で紳士なイメージだったのがカイリの中で崩れた・・・
無表情だった顔は歪んだ笑みで、それが当たり前だというかのように言いきる

(こいつも・・・やっぱり権力目的だ)

権力目的で求婚や婚約を求めた貴族達は何人たりもいた。
それを尽くカイリは断り続けているのだが・・・まさか目の前にいる人物もそれ目的だとは予想外だった。
いや、これがシーザス=アレウスという「人物」なのだろう。
しかしこの言葉を聞いた後だと、「この人もそれっぽいな」という思考に変わる

(だから嫌なのよね・・・)

自分を見てくれない。後ろにある家系の盾しか見ない権力に飢えた貴族達。
その権力で何やらかそうなんて想像もし難い。
結局は道具だと思い知らされるとだんだん惨めさが湧いた

「おとなしく私と結婚して下さい。
そうすれば・・・・お兄様の所属していた施設を教えますよ」

「・・・・えっ!?」

なぜそれを?と聞く前にも、その問題に食いついた。
誰も教えてくれない兄の処遇・・・
そして知りたかった兄の事実・・・・
キョトンと驚きを隠せずにいるカイリを、ただ見下す様に眺めるシーザス。

その非道徳的な表情を一度見た後、同時に疑問が浮き出てきてカイリは顔を歪める

「なぜ貴方がロン兄様が「軍人」だった事をご存じで?
その情報をどっから仕入れたのですか?」

次こそは強くはなった言葉。

ウォルト家の人間の処遇は関係の無い人達以外に情報を出すのは禁じられている。
それがどんな災厄をまくかを知らないが、貴重情報の一覧に入る程。
そして・・・豪族が軍人だなんて極秘を知っているのは、その両親と兄弟しかしることはできない

シーザスはその言葉を聞くと、やっとで歪んだ表情を崩した。
眉間に皺を寄せて、気に食わなさそうな顔つきでカイリを睨みつけてる。

「シーザス=アレウス様、ポーウェイ=アレウス様がお探ししていましたよ」

重い空気がいきなり解放感に満ち溢れるほど、その声は凛と透き通った。
声の方を見れば警備巡回員の鎧を身にまとった兵が、ガシャンガシャンと鎧の音をたてながらシーザスの元へと寄る。
「父上が?」と小声で言えば、もう一度カイリを睨むとその場を逃げるように去ってしまった。

「はぁー・・・」

思わず声に出るほどのタメ息を出す。
夜風がやっとで冷たいと思えるとなんだか嬉しくなった。
安堵はその一瞬だけで、すぐに「なぜロン兄様のことを・・・」という疑問が襲う。
ルールを破る程、伯父や伯母は度胸がないだろうし・・・

(じゃあ・・・誰が情報を・・?)

ガシャ・・・ガシャン・・ガチャ・・

ふと兵の方に視線を移すと、何かモゾモゾし始め・・・

「どっこい・・・しょ・・っと」

その奇妙な発声に「え」とカイリは疑問マーク浮かべると、先程の警備巡回員が鎧の音を立てながら兜を脱ぎ始めたのだ。
カイリが驚くのも無理は無い。なにせ普通に貴族の前で兜を脱ぐ兵なんていないからだ。

しかしその中から現れたのは、意外なことに明らかにカイリよりも年下な少年だった。

「・・・え?」

以前会った軍人よりも深い黒髪が月に照らされ、右目はその漆黒の髪によって隠されている。
見える左目は白銀に光り、シーザスと話していた為か否か、それはとても優しい瞳に見えた。
「あ〜熱かった〜・・・!」年齢相応にも見える、男性にしては高めの音が綺麗に響く。
片手で兜を持ちながら、左手で中に入っていた後ろ髪をかきあげる。
一度ふるふると横に首をふると、カイリと目が合う

「えっとー・・ウォルト様、大丈夫ですか?」

さらに疑問マークしか出ないその問いに、声の代わりに首をかしげて見せる。
何が何だかわからないカイリをみると「えっとー・・」と、少年も首を傾げながら答える

「たまたまココを通りかかった時、アレウスさんと話しているウォルト様が・・・
怯えた顔をしていたのでつい・・・」

確かに壁に押し付けられた時はとても怖かったが、怖いとか怯えといった感情などは一切無かった。
自然とそうでていたのか・・・「そうだったの」と呟く

「わざわざありがとうございます・・・って、アレ?
アレウス様を呼びだした、アレウス卿のことは・・・」

「あーアレもその時の嘘ですよ(笑)」

年齢相応ながら笑顔はとても幼く、悪戯をした後の子供にも見える。
残りの鎧も「よっ・・と」とか言いながら脱いでいき、出てきたのはワインレッドのゴシッククロ―ブをつけた少年が現れた。
しかし格好からしては、どうみても一般貴族にしか見えない・・・
少年はカイリに気にせず鎧をバルコニーの外に投げると、ガッシャン!と金属の音が五月蠅い程に響く

「ちょ!?」

まさかの意外な行動にさすがに驚いたカイリだが、少年は気にせず「アハハ」と笑っている

「申し遅れましたこと、お許しください。
始めまして、私の名前はレン=ケルヴィンと言います。
以後、お見知りおきお願いいたします」

丁寧に腰を曲げたと思ったら、肩膝をついて頭まで下げ始めた。
紳士的な貴族の場合だと、こういう挨拶の人もいるだろうが、この挨拶法はどうも慣れない。

「い、いえいえ!ご存知かもしれませんが、私はカイリ=ウォルトと申します!
だだだ、だから、その!いいからお立ちください!!!!」

シーザスのときのように手を出さないということはせず、自ら握手を求めるかのように手を出す。
というよりも、レンの立ち上がりの手伝いの方がこの場には相応なのか。
しかしやはり戸惑っているようで、レンは苦笑した表情を返す

「えっと・・・私は一般なんですし、ウォルト様に手を借りるのは・・・」

困った表情のまま立ち上がると、また一礼をされる。
どうやらこの少年は、相当育ちざかりや育った環境や周囲の人達が良かったのか。
カイリからしてもとても礼儀の良い部類の人間であった。

「え、いいですよ!あまりウォルトだと気にしないでください。
私、そういうことされるの一番嫌いで・・・気軽に接して頂けませんか?」

一度引いた手をもう一度差し出せば、明らかにそれは握手を求める素振りであった。
位の高い身分からので、まだ戸惑う少年の姿を見れば、ふと自分で言っていて不思議だと思った。
なにせ、サユリ以来初めて自分からそう言ったのだから。
当たり前にレンはその言葉に驚きの表情を浮かべるが、どこか愛おしそうな瞳で「やっぱり・・」とだけ呟くが
カイリが質問する前に握手を返してくれたためその問いを忘れた

「こちらこそ宜しくお願いいたします」

「えぇ・・・ところで、これから用事とかありますか?」

少し考えると首を横にふったあと「ありませんけど・・・」という答えに、首をかしげながら微笑む。
シーザスが嘘に気付いて戻ってきた際、もしもまた一人だったら少々厄介である。
そのまえにこの少年とダンスしていようと考えたのだ

「そう、よければ一曲踊りませんか?」

「え、えええぇぇ!?え、ちょ、あの・・って・・・えぇっ!?」

いきなり真っ赤になりだし慌てる姿はあまりにも初々しい反応で、カイリはなんだか楽しくなってきてしまった。
普通、カイリ自身から誘ったりすれば慣れた手つきでエスコートをする貴族の方が当たり前なのだが・・・

(予想通り・・・かな?)

いつも相手する男性は大体が上から目線だったり、手慣れしている人だったりするのでこれは希少である。
今なお慌てているレンの腕を引きながら、バルコニーから去るとそのまま会場へと向かう。

「うぉ、ウォルト様!?私と踊っていたら品性とかそういったものが・・・!!!」

「貴方ぐらいの方が私は安心するのですよ」

半端強行にも見えるのだが、そういうレンも満更ではなさそうだ。
っが、やはり身分上というのに色々と戸惑っている上に・・・というか単純に恥ずかしいのか照れているだけ

「ほほほほ、本当に踊れないんです!!!
っというか僕はパーティーとか初めてで・・・っあ」

「え、初めてなのですか?」

それには多少驚くカイリだが、レンは口に手を当てながら視線を伏せているだけ。
カイリは会場の入り口で止まると、レンの顔色をうかがった。
どちらかというとその表情は「言っちゃった」にしか見えない。
確かにこんなに大きいパーティーなどで、ダンス経験がないという方は滅多にというか全くいない。
貴族間では必ずしも、親や周りがダンスを仕込むものだからだ

「・・・・すみません」

「あ、いいの!いいのよ!あと、敬語もいいわよ!
私、敬語よりもコチラのほうがなにかと楽で」

「そこはちょっと・・・だって知りあって間もないんですし」

この少年の言っていることは正当ではあるのだが、この少年からサユリのように親しくなれそうな雰囲気を感じていた。
その為、すぐに敬語を外してしまったのだが・・・

「あら・・・とても残念だわ・・・」

明らかに残念そうに演じるカイリだが嘘だ。
こうすると、レンやサユリみたいなタイプはなぜか罪悪感に溢れるらしい。
特に正当な事を言っている程。
案の定、レンはギクッと言わんばかりに顔をひきつらせている。
コロコロよく表情が変わるな〜と思いつつ、眺めているのがまたもや効果的なのか、
「んー」とかうなだれつつ出てきた答えは・・・・

「・・・・・・・・・・・・努力します」

「・・・なにその長い間」

すでに敬語だというっていうのを飲み込み、クスッと微笑めばレンも優しく笑ってくれた。

「あ、改めてさっきはありがとうございます。
あれとっても困っていたのよ」

さっきとはシーザスの件だ。
あれはしつこかったなーと改めて思いなおす

「完全オフになっているんですが・・・・あ、いえいえお気にせず。
私もアレウスさんのあの態度はちょっとムカついたもので・・・・・」

レンのこの発言にはカイリは酷く驚いた。
アレウス家みたいに少し名の知れる貴族の子孫を、そんなふうに言うのは極稀にしかいず。その稀が目の前に居るのだ。
しかしなぜカイリが驚いているか、まるで検討がつかないと言った感じにレンは首を傾げていた

(この子・・・もしかして世間知らず?)

自分が言うのもなんだけどと思ったが、それしか当てはまらない。
さすがにウォルトは知っているらしいが・・・・この反応からして演技と言う訳でもなく。
結局は考えても仕方ないかという考えに到達する

「さ、立ってないで踊りましょ」

「だ、だから僕は無理でして・・・」

「手とり足とり教えてあげるから!!」

本当に強引に会場に連れ込み、連れ込んだ後に「やりすぎたかな?」となぜか罪悪感に襲われたカイリは
レンに振り返るが、なぜか嬉しそうにレンは笑って返してくれた

(この子、良い子じゃないの)

ケルヴィンとは初めて聞くファミリーネームだが、それは今までカイリが階級の高い貴族としか接していなったからだ。
そう思ったら他の貴族に対して、いきなり恥じらいをもってしまい、
これからは幅広く接していこう・・・と決意を固めるカイリであった。